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2006年9月

2006年9月26日 (火)

過ぎ越しの主による絆

「主はエジプトにいたイスラエル人の家を過ぎ越され、私たちの家々を救ってくださったのだ。」(出エジプト記12章27節)

最後の晩餐とは過ぎ越しの食事のこと。主がいのちである血を見て過ぎ越しされるところに、主の赦しあわれみがある。
過ぎ越される主は、人の汚れ、罪、悔い、失敗、恥、ふれられたくないもの… を知りつつ、何も見えなかったかのように過ぎ越される。御子の血によるこの完全な赦しの平安に生きよう。

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2006年9月 8日 (金)

人の心は陰険

「クシュ人がその皮膚を、ひょうがその斑点を、変えることができようか。もしできたら、悪に慣れたあなたがたでも、善を行うことができるだろう。」(エレミヤ書13章23節)

ひょうがの斑点は変えられない。―人の心は陰険―直らない―死に至る病。善を行うことができるかできないかではなく、主の言われた変わり方や方法はある。鶴は北に帰る時を守るから生き得る。人は主の定めた悔い改めと赦罪によって主のもとに帰ることによって生き得る。

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