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2006年12月

2006年12月25日 (月)

姦淫してはならない

「姦淫してはならない。」(出エジプト記20章14節)

今日死語に近い聞きなれないことば。その如く乱れている。DV防止法にもかかわらず、モラハラ、セクハラは巧妙化している。イエスは人のこの罪を知り、心や言葉の暴力も殺人・姦淫だと言われ、これに正面からいのちをかけるために来られた。この戒めは、神と人との関係を表す不滅の戒めである。

2006年12月18日 (月)

殺してはならない

「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節)

「当たり前だ、私には関係ない」とは言えない。どんな立派な解釈や言い分けも「ばか者・能なしと言うような者は神のさばきを受けなければならない」とのキリストのことばの前には無意味。モラルハラスメント・セクシャルハラスメント…益々巧妙化する”殺し”に、神のかたちに造られた信仰者として、イエスの救いの意味をしっかり捉えよう。

2006年12月11日 (月)

父と母を敬え

「あなたの父と母を敬え。」(出エジプト記20章12節)

今日の希薄な家族・親子関係の中では、その意味を具現するのは難しい。この戒めはたんなる修身ではなく、主を信じることなしには、その意味も方法も分からないもの。これは神を敬うのと同じく、父母を敬うこと。また、イエスが与えてくださった愛をどう生きて父母を敬うかを考え、自ら決めていくべきこと。信仰と信仰による人間性が問われる戒めである。

2006年12月 4日 (月)

主の御名をみだりに唱えるな

「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。」(出エジプト記20章7節)

主の名と主ご自身を軽い気持ちで口にしてはならない、と思われるが、「みだりに」とは、元々、偽り・虚しさを意味する強いことば。神は真実な方で、人に神との誠実の関係を求める方であるゆえに、人が呪術や偽りの名によって動かされ、滅びることに耐えられない。無意味な名にではなく、罪のために死んでよみがえってくださった主に身を委ねていこう。

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