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2007年2月

2007年2月26日 (月)

隠れた信仰

「この貧しいやもめは、どの人よりもたくさん投げ入れました。」(ルカ21章3節)

自分の信仰の立派さ・熱心さを評価されたくて、人の前でするみえみえの動きや、信仰がらみでやもめの家を食いつぶす動きは、人一倍きびしい罰を受ける。献げることを許された最低額であるレプタ2枚(全生活費)を献げたやもめは、誰にも知られることを望まず、隠れたところを見ておられる父のみに満足と平安を見い出していた。

2007年2月19日 (月)

父はおかしいのか

「父は彼に言った。子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。」(ルカ15章31節)

自分勝手気ままな弟を赦した父は、まじめな兄にとっては不可解。人はすべて罪人であるゆえ、父なる神の大きな愛―あまりにも寛大過ぎる―に耐えられず、疑い、受けつけない。自分は父のもとにいる、と思っている。信仰者は、この兄の気持ちを絶えず心に問い続ける。

2007年2月13日 (火)

りっばな信仰

「このようなりっばな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」(ルカ7章9節)

百人隊長の持つ権威とイエスの権威とは違う権威体系。百人隊長は「行け、来い」と部下を従わせることができるが、病の者に「生きよ」と言う権威はない。また百人隊長は人のために尽くしたために、イエスの救いを受ける資格があるとは考えない。罪人である自分を受入れることができる権威はイエスにあるととらえた。

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