この子を残して
「彼(アブラム)の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされたのです。」(ヤコブ2章22節)
人生の苦しみは一般に「試練」と言われる。この「試練」とは元々、聖書からきたもの。聖書の試練は神を信じるが故の試練。試練は「信仰がある」ことのしるし。信仰者にとって試練がないことは最大の試練。聖書の信仰はおとぎ話の世界ではなく、生の現実の中でのこと。アブラハムの試練における神と人との信仰のあり方を知ろう。
「彼(アブラム)の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされたのです。」(ヤコブ2章22節)
人生の苦しみは一般に「試練」と言われる。この「試練」とは元々、聖書からきたもの。聖書の試練は神を信じるが故の試練。試練は「信仰がある」ことのしるし。信仰者にとって試練がないことは最大の試練。聖書の信仰はおとぎ話の世界ではなく、生の現実の中でのこと。アブラハムの試練における神と人との信仰のあり方を知ろう。
「それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは死んだものです。」(ヤコブ2章17節)
神への信仰の名によって人は悪魔のわざをなすことができるので、神とその信仰の内容は大切。真実の神による愛の交わりに入れられた者は、その神の愛にふさわしいあり方を求めるはず。良い行いができるかどうかではなく、私のためにいのちを差し出された方のもとにいつも居ること、そして「あなたはどうするの?」との語りかけを聞くことが大切。