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「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119篇71節)
苦しみに会ったことはしあわせ―ほかの誰でもない「私」にとって!それは偽善でなく、やせ我慢でもない。詩篇の信仰者はすべての苦しみ―それらがキリストにつながり、神ご自身と神のおきてを学ぶことになるゆえ、最高の幸せと受けとめた。苦しみを通して、その都度、神から学びほぐされ、神が導こうとされる自分にあった幸せをとらえていく者であろう。